歌舞伎座公演批評ブログ

歌舞伎座の批評を毎月載せていきます。よろしくお願いします。プロフィール写真の「若手歌舞伎」を出版しました。

五月歌舞伎座

 五月歌舞伎座の二部。『道行』と『六段目』という変則的な内容ではあるが、『六段目』が当代の歌舞伎の最高水準の舞台となっている。

 まず菊五郎の勘平。菊五郎は前々回の歌舞伎座柿落とし(2013.11)や前回の国立劇場(2016.11)で既に音羽屋型として極上品と言える勘平をみせている。それらでは浅葱の紋服の似合う薄幸の貴公子ぶりは言わずもがな、細緻に決まっている型や仕事を全くそれと感じさせず、心理の表現に昇華させるなど、まさしく洗練の極みと言える舞台だった。

 今回、それはそれとしてさらに純度を上げながら、また深化した勘平をみせた。その深化の象徴は、「狩人の女房がお駕篭でもあるめぇじゃあねえか」や、紋服・大小をお軽に頼む台詞がいつになく嬉しそうで、そこに『五段目』が浮かび上がってきたことだ。もちろん、ここはいくらか嬉しそうに言うのが普通ではあるが、その度合いが一層強い。おそらくここまで強調したのは、筋書きで言っている通り、『五段目』がないからだろう。大抵の義太夫狂言では、登場人物の本心や事件の真相などが前半は秘められていて、後半になって明かされる。しかし『五、六段目』の構成は真逆である。観客は『五段目』で真相を全て見ていて、『六段目』の登場人物はそれを知らない。つまり勘平が錯誤により追い詰められ、腹を切るまでの過程を、観客は真相を知った上で見つめる―。この組み立ての巧妙さこそ、『五、六段目』を屈指の名作に押し上げ、他狂言とは一線を画すスリルを持たせている所以である。しかし今回はコロナ禍による制約のため、『五段目』を上演できない。そこで菊五郎は、あの嬉しそうな調子に『五段目』をギュッと凝縮した。音羽型に手を加えるでもない、説明の台詞を付け加えるでもない。どこまでも型に従いながら、ほんのわずかに言い回しを変えるだけで特殊な上演形態に対応したのだ。本当に見事である。

 もう一つハッとしたことがある。それは音羽屋型の勘平が帰ってくるなり紋服を着、大小までも用意する理由である。五代目菊五郎と六代目梅幸はその理由を、不審な客人(源六とお才)を武士の格で威すためだと言い、六代目菊五郎と二代目松緑は、千崎がいつ来ても武士として迎え入れられるようにだと言っている。どちらもなるほどと思える説だが、菊五郎は明らかに後者であることが、あの嬉しそうな言い回しからハッキリした。つまり浪人から武士へ戻ったことに重きを置いている。そしてその武士としての造形が、菊五郎の勘平全体を太く貫いている。例えば〽︎寸分違わぬ糸入縞」で全てを悟り、放心する件。そこでは舅を殺した事そのものよりも、犯した罪によって仇討ちへ加われなくなるショックの方が大きいし、〽︎いっそ打ち明けありのまま」もその苦しさからの解放を求めてのものだった。

 他にも、おかやに突き飛ばされて、右足を立ててキマる件で、前回まではおかやを睨みつけていたが、今回はただ打ち拉がれるようになったことや、「ずんと些細な内緒事」の必死の形相、「魂魄この土にとどまって」の執念の叫び、そして連判状の話を聞いてわずかに生気を吹き返すことなど、いずれも仇討ち参加に命をかける武士だった。貴公子ぶりとこれら武士の表現の両立。これこそが今回の菊五郎が新たに造形した勘平である。

 東蔵のおかやも当たり役。最初は優しい母親だが、与市兵衛の死骸が運ばれてくると、手強く勘平を責め立てる。「父様(とさま)を生けて戻せやい」は前回は高く張っていたが今回は比較的低く言う。これで抑えても抑えきれない怒りが出た。

 又五郎の千崎は実直さがいい。勘平に金を返して、悔しそうに顔を背ける件の悔しさ、「ばかな!」と呟いて刀をどん!と突く件のやるせなさ、連判状の件で勘平の肩を優しく抱いていることなどが深く印象に残った。

 左團次の数右衛門もさすがに立派。舞台に厚みがでた。

 時蔵のお軽には愁いがあり、魁春のお才もハマっている。橘太郎の源六も表の明るさの向こうに色街の人間の陰影がみえるなど、どこにも隙のない『六段目』だった。

 『道行』は錦之助の勘平、梅枝のお軽ともに美しく、哀れもあるが、『道行』としてはもう少し理屈抜きの華やかさも求めたい気もする。伴内は萬太郎。

 

 第一部、『大川端』は若手揃い。右近のお嬢吉三は熱のこもった力演。素晴らしかったのは、男女の変わり目が鮮やかなことと、「世間の狭ぇ食い詰め者さ」のトロッと粘りのある声音。特に後者は一瞬にして舞台を古風にした。こういうのが全編に渡ってあればいいのだが、熱演ゆえかこの一箇所だけだった。熱演を否定するつもりはないが、結果として舞台に陰影がなく、現代的で健康的なお嬢吉三だった。

 隼人のお坊は品のある二枚目という感じがハマっているが、陰影がないのは同じ。巳之助の和尚も同様。おとせの莟玉は化粧にもう一工夫ありたい。

 『土蜘』は松緑の僧智籌。手慣れたものだけあって、花道の妖気、後シテの迫力などを堪能した。頼光に猿之助が出て舞台が大きくなった。平井保昌は坂東亀蔵。渡辺源次綱は中村福之助碓井貞光は左近、ト部季武は宏太郎。坂田公時の鷹之資が一際目を引いた。太刀持は眞秀。胡蝶は新悟。

 第三部、『八陣守護城』は吉右衛門休演につき歌六の代役。雛衣は雀右衛門。轟軍次は種之助、鞠川玄蕃は吉之丞。

 『鏡獅子』は菊之助の弥生と獅子。美しさ、踊りのうまさはいつもの通り。弥生のあいだの色気と獅子の勇壮さを兼ね備えているのは稀有なことだと思った。

関口十太夫は彦三郎。局吉野は米吉。胡蝶は亀三郎と丑之助。飛鳥井は萬次郎。楽善が五左衛門でおよそ一年半ぶりの歌舞伎座出演。足が悪そうなのは気がかりだが、声は健在で嬉しかった。

令和三年四月

 四月の歌舞伎座は注目の舞台が二つある。一つは第一部の『勧進帳』。一日交代でA日程、B日程と分かれていて、A日程では白鸚が本興行では史上最高齢で弁慶を勤めるのである。この白鸚の弁慶が実に素晴らしかった。まず顔がいい。美しく、精悍で、力強い。そして「ヤレしばらく御待ち候え」の声音も実に艶があり気迫に満ちている。

 もう一つ素晴らしかったのは、〽天も響けと読み上げたり」や〽︎感心してぞ見えにけり」などのキマりである。その力強くエネルギーに満ち溢れた顔は、20年、30年前の写真を彷彿とさせるものがあり、その上で芸が放つ光彩は桁違いに深まっている。山伏問答では「人間なればとて」は強めに張るのは木の芽会での初役以来の白鸚の型。また、「霜に煮湯を注ぐが如く」で笑うのも弁慶の余裕を表していた。

そして今回の弁慶で最も私の心を捉えて離さなかったのは、義経折檻の件である。一度通行を許されると、富樫に一礼してから花道に向かう。呼び止められて、「待て待て」と凄まじい気迫で四天王を抑えてから引き返し、「判官殿に似たる、ご、う、り、き、めな」と切って言い(この言い方に、この窮地を切り抜ける方法を考えているのがありありと浮かんでくる)、これしかない、と涙と共に思い入れし、頭を下げてから折檻し、再び頭を下げ、下手へ押しやってまた泣き上げる。この一連の演技は白鸚が磨き続けてきた芸や魂と、弁慶という役を同時に伝えているという点で、今回の所演を象徴するものであった。立役のなかで最も大役だと言われるこの弁慶、体力的に大変なのは戦物語や延年の舞、飛び六方などが立て続けにある後半だと想像されるが、ドラマとして難しいのはこの折檻の件ではないだろうか。ここをどう表現するかが、即ちその弁慶がどういう弁慶かに直結する。今回の白鸚の弁慶からは、主君を折檻するという行為の烈しさ、その行為をすると決めた弁慶の覚悟と苦衷がハッキリ伝わってきて実にドラマチックであった。

「天罰空おそろしく」、「腕も痺れる如く」、「あらもったいなや」なども、白鸚は自分のしたことに心から恐れ慄いている。前述の折檻の件と合わせて、白鸚の創りたい弁慶の核はここであるように思う。

戦物語では石投げの見得にやはり以前の写真を彷彿とさせるものがあり、延年の舞では、酔態を装いながらも四天王に扇で合図する件で目だけ冷静になったのが印象的だ。そして幕外での富樫への礼にこもる万感の思い、勇壮な飛び六方。どこをどう切り取っても弁慶そのものであり、その向こうにまた白鸚自身が感じられる−そんな弁慶であった。

幸四郎の富樫は美しく、浅葱の長裃が似合っている。それにも増して感動したのは、甲の声が本当にキレイに出ていたことだ。以前とはまるで別人のようだ、と言っても決して過言ではない。山伏問答での相槌、折檻をみて全てを察する芝居、「かく折檻もし給うなれ」の言い回しと情味などが、白鸚のそれそっくり。その精神が伝統芸能の核である。

雀右衛門義経は一級品。どこか神聖さがあって、女形義経と言える。天地人の見得の形の良さ、〽︎判官御手」の慈悲深さなどが素晴らしかった。

亀井は友右衛門、片岡は高麗蔵、駿河は廣太郎、常陸坊は錦吾。

勧進帳』のB日程は、義経と四天王はそのままに、弁慶が幸四郎に、富樫が松也になる。

幸四郎の弁慶は風格が増し、呂の声が深くなった。富樫の甲の声と、二種類の声を日替わりで使い分けるのは相当な苦労と想像するが、そのどちらでも前回以上にいい声になっているのは驚嘆する。繰り返すが、以前を思えば本当に別人のような声である。この声を持って、長らく手掛けていない役―例えば『寺子屋』の松王、『渡海屋』の銀平、『金閣寺』の松永大膳などをかければ、前回とは全く違った舞台になるに違いない。

松也の富樫は風姿は合っているが、ちょっと声が重い。もっと軽やかで高い声を出せる役者ではないか。山伏問答でも力みすぎて喧嘩しているようになっている(亡き團十郎は、多少のヒートアップはしても、喧嘩のようになってはいけないと言っている)し、「疑えばこそかく折檻もし給うなれ」も芝居のしすぎで台詞のリズム感を失っている。『勧進帳』はまず音楽的な台詞回しで酔わせてほしい。

『小鍛冶』は猿之助童子(実は稲荷大明神)が小気味よく、中車の宗近も風格が出た。左團次の橘道成も立派。巫女は壱太郎。弟子は笑三郎、笑也、猿弥。

 

 話題の舞台、もう一つは三部の『桜姫東文章』である。36年ぶりに玉三郎の白菊丸と桜姫、仁左衛門の清玄と権助での上演となる。ただしコロナ禍による上演時間の制限だろう、今月は「上の巻」として『稚児ケ淵』から『三巡土手』までの上演となる。久しぶりであっても以前は二人で繰り返した芝居だけあって、実に手に入っている。

玉三郎の白菊丸は役者の格が高くなりすぎて前髪姿が合うとは言えないが、芝居のうまさで魅せている。花道で振り返り、追いかける者がいないか確認する件や、「来世は女子に生まれ出て」の台詞の真実感、清玄と二人で支え合いながら岩を登る件の心の通じ合いなどは特筆もの。

『新清水』から桜姫になる。赤姫姿の美しさは言わずもがな、良家の息女らしい気高さが素晴らしい。玉三郎の桜姫で今月で最も面白かったのは『桜谷草庵』の場である。あの気高かった赤姫が、権助の彫り物を見て驚くと、すぐに喜びに変わり、色気が出る。そして冷静を装ってみんなを下がらせて、ちょっと動揺を残したまま権助を引き止める。胸のまえで手を合わせ、間違いがないかを確認してから、「そちは去なさぬ、まあまあ待ちゃ」と夢見心地で言う。その濃厚さは筆舌に尽くし難い。「ハテ、大事ないわいな」で裲襠を持って広げる形、「不思議な縁もあるものじゃの」のキマり、桜姫の帯を解いて互いに端を持ってのキマりなど、全てがまさしく絵画。桜姫と権助の芝居であると同時に、玉三郎仁左衛門の長年の共演が凝縮された瞬間だった。

もう一つここでハッとしたのは、玉三郎の袂である。何をする時も袂の使い方が大きく、舞台に時代の格調を出す。対して権助は完全な世話のイキである。この時代と世話―本来全く異質なものが不思議と絡まりあい、『桜姫東文章』という奇想天外な世界を浮かび上がらせる。これが今回の上演の傑出したところである。

そして、不義云々と言い立てられた途端声が弱々しくなることや、『稲瀬川』や『三巡土手』などでなす術なく状況に流されっぱなしなことなどが、いかにも桜姫らしい。

仁左衛門の清玄は『稚児ケ淵』での色気が豊か。七三で白菊丸と抱き合っただけで二人の関係と清玄という人物を分からせる。『新清水』では、根っこは同じ清玄でありながら、高僧の品位を身に纏うのが素晴らしく、香箱をみて一瞬で全てを悟る芝居も見事。

二役権助になると、声の使い方、台詞の間、身体の線、表情など全てが鮮やかに変わる。権助が纏うのは仁左衛門の演じる南北ものに共通する悪の匂いである。

『桜谷草庵』では桜姫の彫り物を見せられて、「そんならこれを、あの折に」で膝を組んで見得をして、絵画的な面白さを堪能させてから、自然に七五調の台詞に入っていくのが流石の腕。一年前に妊娠したと聞かされてうんざりするが、姫が面倒なことを言い出さず、単にその気であることが分かると、またすぐにニタニタと笑い出す。この芝居が実に流れるように分かるのに、決して説明的でないのも仁左衛門の芸風で、これ一つで権助という男を表現しきっている。

再び清玄になって「いっかなここは、やられぬやられぬ」の件で高僧が堕落して様子、「よくも愚僧を偽って」の恨み節、桜姫への未練や、「これも誰ゆえ桜姫」の哀れさと弱々しさなど、権助とは全く別の人間を表現して余す所がない。

今月の上演はここまでである。これだけでも充分に興業として成り立たせたのはさすがに仁左衛門玉三郎だが、この作品の面白い場面はここから先である。「下の巻」上演が楽しみでならない。

歌六の残月、吉弥の長浦はもう少し下品になっていいのではないか。鴈治郎の悪五郎は悪が効いている。粟津七郎は錦之助。軍助は中村福之助。松若は千之助。口上は弘一。赤子の泣き声にはもう一工夫ほしい。

 

 第二部は『絵本太功記』。芝翫の光秀は藪畳から出てきて、木戸前で一度頷き、数歩下がって、上に笠を上げる四代目芝翫の型。笠の向こうに現れる錦絵のような顔は得難いのだが、何故かそこに伴ってほしい古怪さや陰影が薄い。その結果、〽︎ただ呆然たる」で皐月の様子に驚く(普通は尻餅をつくところだが、右足だけ突く)件も、錦絵のような顔の割には、光秀の衝撃が伝わってこない。その後、母や妻の叱責を腹で受け止める件、大落としの件、物見の件、幕切れに至るまで万事が同じである。

菊之助の十次郎は美しく、いかにも貴公子然としている。「もう目が見えぬ」の件も哀れである。

梅枝の初菊も、菊之助の十次郎といいコンビ。

東蔵の皐月は持ち役で、武家の妻らしい手強さ、光秀への強い怒り、手負いの台詞の巧みさなど、完全に手に入っている。変わったのは最後の台詞である。前回までは「孫と一緒に死出三途」だけだったが、今回は「うるさの娑婆に居ようより、孫と一緒に死出三途」と言うようになった。もともとこの台詞、浄瑠璃の長い台詞の最後の一言だけを残したもので、今回はカットしたところから一部分復活させたものである。この一言を加えたことで、取り返しのつかぬことをした光秀への怒りや、この世への諦観のようなものを濃く表現した。これが今回の皐月の造形を象徴している。

魁春の操は台詞の一本調子が気になる。扇雀の久吉は柔らかさ、品の良さは素晴らしいのだが、もう少し時代物の厚みが欲しい。彌十郎の正清はイトに乗った仕科が大きく、義太夫狂言らしい大らかな雰囲気があった。

『団子売』は梅玉の杵造と孝太郎とお臼。江戸風俗の踊りでサッパリと打ち出し。

令和三年三月

 三月歌舞伎座、二部は大幹部の芝居二本。第一は仁左衛門の『熊谷陣屋』。仁左衛門の熊谷は基本的に團十郎型に準拠していながら、独自の工夫が無数にある。それらから仁左衛門の主張、芸風、高みなどがみえたので、大きなものをいくつか挙げていきたい。

まず相模との応対では、ほとんど愁いをみせず、巌のように頑とした武士で押し通す。ここで情をみせたり、相模の言動に敏感に反応する役者もあるが、それとは真逆の造形と言っていい。これが仁左衛門の熊谷を貫く太い柱である。

 普通、奥の梶原に聞かせるため「敦盛卿の首討って比類なき巧妙」と張るところは、「敦盛が首討ったり」と低く言う。代わりに上手屋体に少し顔を向ける。これで梶原に聞かせる真意が表現するのだ。語句も調子も変えるが、表現するものは同じ。同じゴールを目指しながらも別のルートを通っているところに仁左衛門の精神が垣間見える気がする。

 藤の方が出てきてからハッとしたのは、台詞の表現の細やかさである。相模に対しては低く威圧的な声で終始していたのに、「なに、藤の御方」以降、藤の方への台詞は、やや高くゆっくりになり、旧主への畏敬の念を表現するのだ。そして、軍次には上司の声になる。さらに言えば、後に義経が出てからは部下の声になる。この声の鮮やかな使い分けは特筆ものと言っていい。

 戦物語では「涙は胸にせき上げ」など、いくつかの台詞であの瞬間の苦しみを表現しきったことと、「討ち奉ってござりまする」を割にアッサリと、砕けて言うのが印象に残る。後者は普通、大時代な芝居をするところだが、仁左衛門だと不思議とこれがいい。物足りなく感じないのは仁左衛門の身体から濃厚な義太夫ものの色気が溢れているからであり、常に流れている高位の者(藤の方)への畏敬の念――それの発露の一つにもなっているからである。

 二度目の出になって、制札の見得は、三段の上に突き、顔は真っ正面を切る人が多いが、仁左衛門は制札を首桶の前に突いて藤の方から隠し、顔は相模を睨む。前者は平舞台で女形二人を両脇に置いて、中央で大見得をする熊谷が映え、舞台全体が一枚の立派な絵になるのに対し、後者だと、四方八方に気を配らなければならない熊谷の窮地が表現される。実にドラマチックな見得だと思った。

 首実験では首を突き出してからずっと緊張して目を見開いているのが、「相違ない」を聞いてゆるむ。その瞬間に全てから解放されると同時に、子を失った悲しみがようやく襲ってきたようで忘れ難い。首を相模に手渡すのも特徴。ここは情をみせない仁左衛門の熊谷が、ほぼ唯一無言のうちに相模への気持ちを直接的に表す件で、ここに絞っているからこそ濃く伝わるのだ。

 最後に挙げたいのは、義経への忠節の強さである。例えば相模のクドキの最後、〽︎泣く音、血を吐く思いなり」で相模を目で叱責する件。その目には相模への愛情が溢れるものの、主君の御前であるという状況から必死に隠している。そして、「見苦しいものをお見せしました」とでも言うように義経に軽く頭を下げるのだ(制札の見得の前にも同様のことをする)。あるいは僧形になってから、〽︎ありがた涙、名残の涙」で三段の一番下に手をついて身を震わせる件。誰でもほぼ同じようにするところだが、仁左衛門はかなりここを強調する。これらは相模にほとんど情をみせないことと同じく、仁左衛門が武士の造形にこだわった結果生まれた表現だと思う。白鸚吉右衛門が夫婦愛を強調しているなか、仁左衛門がこういう造形をみせたのは貴重なことと言っていい。

 仁左衛門がこれだけの熊谷をみせる一方で、その他の役は少々低調。

 孝太郎の相模はしていることはうまいのだが、出の瞬間からクドキまで、何故だか仕科も台詞も世話っぽい。例えば冒頭の〽︎待つ間ほどなく」で座る仕科、或いはクドキの「お嘆きあった敦盛様のこのお首」。もう少し時代の厚みを出せる人のはずなだけに、次回に期待したい。

 門之助の藤の方は公卿の気品はあるが、台詞が上ずっている。「相模返事は、なな何と」など、それが理由でヒステリックに聞こえてしまう。

 錦之助義経は出てきただけでいかにも義経らしい風姿。「汝が心、底いぶかしく」と区切って言うところにも含みが出た。が、何故か出の台詞から散文的。最後の「見ようずるわ」だけは張っているが、それ以前に音楽性があまりない。それと、「花を惜しむ義経が」を始め、熊谷への台詞が愁いに流れがちなのも疑問。確かに吉右衛門のように情味豊かないき方もあるが、あれはニンでないのをカバーするためであったと思う。錦之助はどこからどう見ても義経なのだから、菊五郎のようにあまり情味をみせないいき方の方が映えるのではないか。

 歌六の弥陀六はその手強さと、「もしまた敦盛甦り」の件など、全体的に年寄り臭くないのがさすがである。衣装には平家の公達の名前が書いてあるが、それの似合う弥陀六と言っていい。しかし何故だか平家再興の執念の様なものがみえてこない。十二月南座ではそこが素晴らしかっただけに、ほぼ同じ座組みの今回、変わってしまったのは不思議である。

 軍次は坂東亀蔵

 

 もう一本は『直侍』。菊五郎の直次郎は度々のもので当然手に入っている。花魁を虜にするだけの色気、三千歳への溢れる情愛などが素晴らしい。「見えぬ吹雪が、天の助けだ」は前回よりも言い回しがサラッとしたが、味は濃くなった。〽︎いとど思いは増鏡」のツヤも特別凝った芝居をするわけではないのに、直次郎そのもの。逸品と言える。

 時蔵の三千歳は美しく、色気も豊か。

東蔵の丈賀は名品。この丈賀の明るさ、下品にならない程度の俗っぽさが、陰鬱なこの芝居に救いになっている。

団蔵の丑松も持ち役。

喜兵衛は吉三郎、亭主仁八は橘太郎。

 

 一部は『猿若江戸の初櫓』は勘九郎の猿若、七之助阿国で雰囲気にぴったり。福富屋女房ふくは高麗蔵。福富屋万兵衛は彌十郎。奉行板倉勝重扇雀

 『戻駕色相肩』は松緑の次郎作が線が太く、愛之助の与四郎もスッキリしている。莟玉の禿は可憐だが、眉の描き方に一工夫ありたい。

 

 第三部『楼門』は吉右衛門の五右衛門。姿が見えた瞬間の押し出しの立派さ、「絶景かな」の春の心地、出自を知る件に浮かび上がる壮大ストーリーなどが一級品。

 幸四郎の久吉はスッキリと美しい。ニンである。

 『隅田川』は玉三郎の初役だが、もう少し狂乱を強調してもいいのではないかと思う。

 鴈治郎の舟長は情のある好演。

令和三年二月

 歌舞伎座二月公演は引き続き三部制の各部二本立て。それぞれ粒立った企画だが、第二部の仁左衛門玉三郎の共演がファン垂涎もので、公演再開以降、連日大入りとなる数少ない公演である。

 内容は『於染久松色読販』から強請り場の抜粋上演と『神田祭』。2018年3月にも全く同じ企画が立てられている。

 『於染久松』は前回なかった『柳島妙見』から。本来はたっぷり早替わりをみせる場面だが、今回はほんの筋売り。強請り場に関わる件だけ抜き出して10分程度にまとめている。

 『莨屋』になって、玉三郎のお六が出る。当たり役だけあってさすがに絶品である。冒頭、旧主筋の中間との会話の端々や、独白の「どうぞしてこの百両の金、手に入れる方はないものかねえ」などに、旧主への敬意と、その行く末を案じる気持ちに溢れている。

 『油屋』の強請りになっても、「おぶちなされたのでぇ・・・」を高く言い、「ございますかえ」で低くなり、しばらくの間があって、「ぶち打擲をしなすったんだねぇ!」ですごむ件の緩急や、「嬶莨と評判の」と張る台詞で蕩然とさせてから、「いわば真面目な商人だよ」で砕けるなど、台詞回しの巧みさはいまだに舌頭に残る。しかも、どんなに台詞を張ろうが、低い声で威圧的になろうが、常に旧主筋のための止むに止まれぬ行動であることが透けて見えるのが本当に素晴らしい。悪婆はこれでこそだと思った。

 もう一つ、喜兵衛に話しかける台詞にフッと甘えるような口調になったり、仕事のない時は常に喜兵衛の方へ少し身体を向けるなど、夫婦の愛情を随所に浮かび上がらせるのも忘れ難い。これはお六と喜兵衛の関係の表現でありながら、同時に玉三郎仁左衛門の長年の共演で築き上げてきた信頼の発露でもある。長年の共演なくばこうはいくまい。

 仁左衛門の喜兵衛は出てきただけで世話の――もっと言えば、南北の悪党なのがさすがだった。黙阿弥の悪党とは少し違う、南北もの独特の陰影と退廃的な色気があるのである。

 強請り場でも、「冷え固まっているものを、今更見たってどうにもならねえ」と不適に笑う件や、本物の嫁菜売りが現れても、若干苦い顔をするだけで悠々とキセルを吸い続けているところに、いかにもこの役らしい太々しさがあった。

 山家屋清兵衛は権十郎。髪結亀吉は中村福之助。丁稚長太は眞秀。庵崎久作は吉之丞。油屋太郎七は彦三郎。

 『神田祭』は鳶頭の仁左衛門と芸者の玉三郎がただ頬を寄せたり、離れたりしているだけの他愛無い一幕だが、長年名コンビとして名を馳せた二人が揃うと、それだけで何よりの贅沢になる。こういう舞台を見ると、なんだかんだと理屈をつけても、結局歌舞伎はスターをみせる演劇であることを再認識する。観客は鳶頭と芸者を通し仁左衛門玉三郎を見て、二人の来し方に思いを馳せる。役と役者が混ざり合い、不可分となるのが歌舞伎の面白さで、この『神田祭』はそれが特に顕著である。

 

 第一部は『十種香』から。魁春の八重垣姫は万事が歌右衛門直伝の成駒屋型。最初の後ろ姿は可憐だが、所見日、初めてこちらを向く大事な瞬間でモタついてしまった。台詞もいつも通りの一本調子、〽︎頼むは濡衣様様」のほぼ舞踊に近い振りがついている件もぎこちなく、「嘘〽︎偽りに」で扇を開き、骨の隙間から見て、落として、照れ笑いする件も、成駒屋型の手順をなぞっているだけで、それ以上のものは伝わってこなかった。

 孝太郎の濡衣がいい。俯いているだけで自然な愁いがあり、黒の衣装が似合っている。「私ゃ輪廻に迷うたそうな」の台詞にも実感がこもっていた。もう一つとても印象に残ったのは、幕切れ直前、揚幕を心配そうに見て、謙信に抑えられ、それでもなお揚幕を見続ける、その視線である。そこには勝頼の行先を心配する気持ちがありありと浮かんでいて、愛した勝頼とは別人だと分かっていても、そっくりな男を恋い慕う気持ちが残っていることを示していた。

 門之助の勝頼は柔らかく、美しいのが何より。ことに〽︎一間に」で三段の足を投げ出して座り、首を傾げてキマる形は特筆もの。

 錦之助の謙信は力強くやっているが、いかんせんニンではない。「少しも早くまかりこせ」など、うまく言い回しているにも関わらず、老獪な政治家には見えてこなかった。

 白須賀六郎は松江。原小文治は男女蔵

 『泥棒と若殿』は、巳之助の成信が三津五郎にそっくりで驚いた。爽やかで誠実そうな人柄も見えてきて、等身大に演じて役が生きている。

 松緑の伝九郎もよかった。台詞の内容、役の行動、筋の展開が自然と染み渡ってくる。全く同じ印象を『坂崎出羽守』(2017.11)、『すし屋』の権太(2019.2)でも受けた。これらは松緑の当たり役と言える。

 松緑は以前に三津五郎の成信で同じ伝九郎を演じている。三津五郎が亡くなって今月で6年。追善と銘打ってこそいないが、追善の意図を込めた企画に思えた。

 迎えの侍は男寅と左近、宝久左衛門は宏太郎、梶田重右衛門は亀鶴、鮫島平馬は坂東亀蔵

 

 第三部は二演目とも十七代目勘三郎の三十三回忌追善狂言。第一は『袖萩祭文』。勘九郎の貞任は11年ぶり2度目。初役の時、直伝した吉右衛門が、その呑み込みの速さに驚いたと伝え聞いている。

 素晴らしかったのは偽勅使に扮するだけの気品と、「袖萩、とやらも死なずばなるまい」でチラと袖萩を見る目線の愁い、そして、〽︎詰め寄れば」の大見得でみえた、義太夫狂言立役のスケール感などだ。

 しかし気になったこともある。まずは台詞。「天頂に達し申すべし」は公卿を意識しすぎてか、過度に柔らかくて不自然。「何奴の、仕業なるや」は前半を武士で言って、後半を公卿で言うのは型通りだが、抑揚が耳慣れたものと違って違和感がある。また、「運を一時にケッス、ベシ」や、「我が家の旗モロ、トモに」など張り上げる台詞のいくつかで、一度切って呼吸するのも音楽性を損なっている。

 大落としの件も疑問あり。今回はまず袖萩とお君を両手に抱き、ハッと後ろの八幡太郎を振り向いて、また二人を抱いて、竹本いっぱいまで愁いの表情になる、という手順。が、振り向く意味もいまいち分からなければ、嗚咽もせず袖で顔を覆うなどしないのもアッサリしすぎ。貞任役者の重要な仕所、いい節のついたクライマックスなのだから、もう少し芝居してほしい。

 先に挙げたような美点を見れば、勘九郎は今後払底するであろう時代物立役ができる役者である。こういう瑕疵があるのは少々勿体無い。二度目であっても改めて習いにいってほしかった。

 七之助の袖萩は美しく、薄幸な雰囲気があるし、祭文を唄う件も哀れ。貞任が出てくると後ろを向く、その肩の線が儚げで、袖萩をより哀れにみせていた。

 台詞回しはうまいのだが、どうしても手応えが世話っぽくなりがち。これで時代の量感がつけば、袖萩は七之助の当たり役になると思う。それと今回に限った話では無いが、袖萩が一度引っ込んだ後、枝折戸外側の雪布を外すのは何故なのか。これでは袖萩自害の件で雪の寒さが身にしみず、袖萩役者が損をする。その後の貞任や宗任の芝居で邪魔になるのなら、袖萩自害のあとにできないものか。

 歌六の直方は、一貫して骨太な老武士として演じている。袖萩のことを「犬」と冷たく言い放つのに始まり、袖萩が三味線を弾く件などは表情や仕科で少々動揺をみせるだけで、台詞にはそれをにじませず、落ち入る寸前の「声なりともよく聞いておけ」に至っても、愁いに流れないのはさすがだった。

 東蔵の浜夕は武士の妻らしい貫目がある。「今思い知りおったか」は建前として娘に厳しくあたらねばならない苦しさと、本音としての母として悲しみを同時に表現した。

 芝翫の宗任は見た目が立派だが、花道の引っ込みでイトに乗ろうとして乗れていないのが残念。竹本との付き合い方を体得してほしい。

 梅玉八幡太郎は花も実もある御大将。二重の中央に坐すると不思議に芝居が安定する。

 長三郎のお君は7歳とは思えない達者ぶり。

 郎党は種之助、玉太郎、歌之助、莟玉。

 第二は『連獅子』。勘九郎の親獅子がキビキビと動いていて見惚れた。

 仔獅子は9歳の勘太郎。記録にある限り最年少での仔獅子らしい。危なげのない、しっかりした踊りに驚いた。

 法華の僧蓮念は鶴松、浄土の僧遍念は萬太郎。

令和三年一月

 この一月から三部制各部二演目になった歌舞伎座。まだまだ予断を許さぬ状況、数々の制約と闘いながらの興行とはいえ、八月の公演再開以降十二月までの四部制各部一演目から、一歩前進と言える。

 さて、中では第二部の『七段目』が素晴らしい舞台だった。時間制約の都合で『釣灯籠』からだが、ベテラン三人が揃って高水準にまとまっている。

 まず今回で十度めとなる吉右衛門の由良之助が名品である。随所に前回(2016.11)からの深化を感じさせたが、その最たるものは酔態の表現だろう。まず暖簾から出てくるだけで、紫の着付けによく合う柔らかみと色気、遊蕩の気分に溢れている。由良之助は『四段目』と『七段目』で性質が違うとは、芸談などに多く残るところだが、吉右衛門は出てきただけでいかにも『七段目』の由良之助らしい。また、手紙を読む件の正気から、「そもじはそこで何してぞ」で酔態に転じる件も美事。台詞の言い回し、揺れる上体、フラつく足などからいかにも酒の香りが漂ってくるようで、その向こうにしどけなく重ねた放蕩が見えてきた。前回は酔態を装っている感じだったが、今回は本当に酔っている。これが全体を太く貫いている表現の根幹であって、あとで述べる後半部まで含め、由良之助に奥行きを与えている。

 もう一つ、今回の大きな特徴は、九太夫の存在を知る件だ。ここは「ようまあ吹かれていやったのう」と張って言い、簪を落としてくれて助かったという気持ちを表現するのが、前回までの吉右衛門含め、普通の歌舞伎のいき方である。が、今回は「ようまあ吹かれてじゃの」と浄瑠璃通りに砕けて言う。これにより、台詞のリズムが変わり、イキが変わり、前述の喜びと同時に、手紙をみられた困惑も表現した(25日、台詞はそのままに言う位置が変わった。二重の上で腰と片膝をついていたのが、座って三段に足を投げ出すようになった。初めて見る形だが、これも遊里気分に溢れていた)。結果、「見たであろう、見たであろう」と探りをいれる件に幅が出たし、「あの嬉しそうな顔わいやい」での殺気と心苦しさにも繋がった。吉右衛門は手慣れた役でも決して安住せず、より良い表現を探し続けている。十一月の『俊寛』もそうだったが、最近は歌舞伎の入れ事や改変を本行通りに戻すことが多いようだ。そこに私は、伝統や型を乗り越えた吉右衞門の境地を見る。

 二度目の出、「ヤレ待て両人、早まるな」はピリッと空気が締まる。この空気を切り裂く鋭い声音は本当に得難い。

 九太夫折檻の台詞は全身全霊――という言葉が相応しいほどの凄まじい迫力。前回と変わったところが二つあった。一つは「一生連れそう女房を」でお軽を指し、若干涙声になったことだ。これによってお軽の境遇がより現実感を持って感じられた。もう一つは前回までの激しい怒りのこもる力強い台詞に比べ、若干声のトーンが高くなり、丸みを帯び、愁いも濃く出るようになった。これもおそらくは酔態の表現の一環である。この場はハッキリ正気になる役者が多いなか、吉右衞門は敢えて酔いを残しているのだ。それがあるから、仲居の声がした途端、極端な酔態になるのも、取ってつけたようにならず、幕が閉まる最後の瞬間まで遊郭の気分が漂っていた。その気分こそ、吉右衛門が創造する由良之助の象徴である。

 雀右衛門のお軽は、障子が開いた瞬間にアッと目を奪われた。美しさ、華やかさ、色気、陰影、古風さなどが前回(2016.11)とは別人のよう、いや、それどころか、2ヶ月前の千鳥と比べてもまるで段違い。先代雀右衛門を思い出させる瞬間もあり、明らかに雀右衛門の役者としての格が数段上がっている。座って団扇を扇ぐ仕科も色気豊かで情緒纏綿。登場の数秒間だけで本当に陶然とした。

 「船に乗ったようで怖いわいな」のコッテリとした台詞回し、「勘平さんがどうぞしやしゃんしたかえ」ににじむ勘平への思い、勘平の死を聞いて、呆然として一度のけぞって、揚幕を見て、身体を起こし、また揚幕を見て呆然とし、ようやく理解し、癪に気付く、この一連の丁寧な手順に浮かび上がるショックの大きさ、「勘平さんは三十に」の胸をつく哀れさなど、演技も充実を極めている。心技体、全てが整った逸品。まさに五代目雀右衛門という花が満開に咲いたお軽だった。

 梅玉の平右衛門。総体に淡白なのは芸風だが、「お主の仇、討つ気はねえに極まった」や「腹ぁ切って死んでしまった」など、ここぞというところではかなり突っ込んだ、手強い芝居をしたのに驚いた。ちょっと大袈裟に言えば、これが本当にあの淡白な梅玉なのかと思う程だ。

 もう一つハッとしたのは、〽︎人に優れた心底を」で、梅玉の平右衛門は本当に無力感に溢れている。大した功もない、剣術の腕がたつわけでもない、身分だけがかろうじて武士であるだけの平々凡々な男。妹を殺すことでしか武勲をあげられそうにない男の悲しさ。小心者の悲哀、追い詰められた下級武士の悲劇―。そういったものがハッキリ見えてきて、平右衛門という男、ひいてはこの兄妹のドラマを教えてくれた。淡白で物足りない憾みがないとは言わないが、それ以上のものを見せてくれる平右衛門だったと言っていい。

 九太夫は橘三郎。伴内は吉之丞。

 なお、今回は歌舞伎では珍しく竹本が掛け合いである。

 『夕霧名残の月』は藤十郎の追善狂言。橋掛かりや破風のついた舞台が舞台上に作られたり、柱に「中村鴈治郎中村扇雀相勤め申し候」と書いた額を飾るなど、いかにも古劇の趣がある。この芝居、坂田藤十郎の襲名公演(2005.12)で復活上演されて以来、今回が大劇場では五度目。当代鴈治郎が伊左衛門を勤めるのは今回で二度目である。橋掛かりから出て、柱に手をついた形の柔らかみ、「夕霧に会いにきたのじゃわいな」の浮き立った気持ちなど、今後の上方和事の旗手は鴈治郎だと思わせるものがあった。

 扇雀の夕霧は美しいが、「わしゃ患うてな」の台詞に哀れがない。姿にも儚げで幻想的な雰囲気がもう少し欲しい。

 番頭藤兵衛は寿治郎、扇屋女房おふさは吉弥、扇屋三郎兵衛は又五郎。太鼓持は亀鶴、虎之介、玉太郎、歌之助の四人。中でも虎之介にどこか藤十郎の面影が残り、かつ上方和事の喜劇味もあって頼もしい。

 藤十郎復活初演から演出が変わった箇所がある。一つは夕霧の出。復活初演では裲襠の裏から出てきたが、今回は大道具を釣り上げて、その奥から出てくるようになった。もう一つは夕霧との踊りで照明を落とすようになった。前述のように、全体の作りが古風なのだから、部分的に現代的な演出を入れても水と油。いまさら照明を蝋燭に、とまでは言わないが、古劇はできる限り古劇らしくあってほしい。

 

 第三部、高麗屋三代の『車引』は白鸚の松王丸が絶品だった。第一声の「待て」から力強く、気迫に満ちた大音声。姿もとにかく立派で、出てきただけで歌舞伎座の広い空間がいっぱいになる。これこそ座頭役者、というべき出だ。

 印象に残った台詞は数多いが、最も心を揺さぶられたのは「ならば手柄に、ハハハ、止めてみよえ」の古怪な笑いである。この古怪さは、白鸚の身体に流れる色濃い歌舞伎役者の血と、義太夫狂言が根源的に持つ魔力とが最大までかけ合わさって生まれるもので、白鸚義太夫狂言でしばしば顔を覗かせる。現代劇やミュージカルをライフワークとして長年手掛けるなど、近代的知性を持つ俳優として語られることの多い白鸚だが、時としてその古怪さが、理屈では説明のつかぬ不可思議な世界へと観客を誘ってくれる。一身にしてその両方を備えるのは唯一無二の離れ業と言っていい。その上で、「止めてみよえ」の惚れ惚れするような荒事風の発声である。かつて森田思軒は五代目菊五郎の見得を見て、「是だから東京は離れられない」と言ったそうだが、今の私は白鸚の古怪さと台詞回しを味わうためにこそ「歌舞伎鑑賞はやめられない」。

 「松王が一討ちだぞ」のスケールの大きさも類がないが、その直後に時平の台詞が入り、「ハハー」と頭を下げる、そこに時平と松王の主従関係がはっきりみえたのも忘れられない。二人の関係性は筋の上のこととして当然知っているが、舞台上の表現からこれだけハッキリみえてきたのは今回が初めてだ。天性の芝居のうまさ―具体的には心理の掘り下げ、声音の微妙な変化、間の絶妙さなどの賜物に違いなく、改めて白鸚は稀有な俳優だと思った。

 幸四郎の梅王丸は筋隈が映えて錦絵のよう。お正月の気分にさせてくれる。元禄見得の形の美しさも見事だった。が、台詞には改善の余地が残る。基本的に高調子を維持しているが、時々低い声を使うのだ。所見日の例で言えば、「この梅王」は低く、「牛に手慣れし」で高くなった。この低い声がどうしても筋隈や三本太刀の大らかな気分と合わない。

 染五郎の桜丸には気品がある。

 杉王丸は廣太郎。金棒引は錦吾。時平は彌十郎

 最後に『らくだ』で笑って打ち出し。手斧目半次は芝翫。紙屑買久六は愛之助。駱駝の馬太郎は松江。半次妹おやすは男寅。糊売婆おぎんは梅花。家主女房おいくは彌十郎。家主佐兵衛は左團次

 

 一部は若手揃い。『壽浅草柱建(ことほぎてはながたつどうはしらだて)』は普段ならば浅草に出ているメンバーが勢揃いし、『対面』を舞踊化した作品を踊る。松也の五郎はしていることはうまいにしてもニンではない。隼人の十郎、巳之助の朝比奈は合っていて、いつか本物の『対面』で持ち役になりそうだ。種之助の珍斎も品を崩さずに滑稽にやっている。歌昇の工藤は重みを出しているが、今はまだ無理が目立つ。大磯は米吉。喜瀬川は鶴松。舞鶴は新悟。化粧坂の莟玉は所見日休演。

 『悪太郎』は世の中の暗い空気を吹き飛ばす面白さだった。悪太郎猿之助。修行者智蓮坊は福之助。太郎冠者は鷹之資。伯父安木松之丞は猿弥。

十二月歌舞伎座

 十二月の歌舞伎座は三部の『吃又』がいい舞台だった。今回の型は、多くの東京の役者同様、六代目菊五郎の型である。簡単に言えば台本や演出は本文の浄瑠璃に近いものながら、演技は内向した心理重視。勘九郎の又平は、そういった心理の描写がうまく、花道の出から巧まずして朴訥な、内気な青年という感じがある。それあればこそ、花道で振り返り、思わず涙がこみ上げ、フラッとおとくにぶつかる件にも、今しがた聞いた噂話に意気消沈しているのが分かるし、「親もない、子もない、身柄一身」や「吃りでなくばこうはあるまい」にも哀れが出る。

 「つけ、殺せ」の咆哮や、おとくが書道具を取りにいっている間のさりげない涙、「私も一緒に死にまする」を聞いての笑みに浮かんだ夫婦の心の繋がり、大頭の舞のなかにみせた喜びなど、勘九郎は又平の心情の移ろいをしっかりと描いていた。

 ただ、〽︎名は石魂にとどまれと」で人形のように首をカクカク振るのは、全体が心理劇風のいき方なだけに木に竹を注いだようだ。また、舞の件に差し込まれる台詞「これはまた」で吃るのは初めて見たと思う。ある型なのかもしれないが、節のあるもので吃るのは不自然なように思った。

 猿之助のおとくがこの一幕の立役者である。まず仕方話が抜群にうまい。「急げば廻る背田鰻」と他いくつか、もう少し張って粒立てて欲しい部分はあるものの、それ以外の活け殺し、緩急、メリハリ、リズム、間合いの素晴らしさに感動した。歌舞伎的かつ音楽的な台詞回しで耳を酔わせながら、同時におとくの能弁まで描き切っている。技芸を通しての人間の描写。その両立あってこそ古典歌舞伎である。

 又平への情愛が随所に見て取れるのも素晴らしい。例えば雅楽之助のご注進の間、ずっとハラハラしながら見ているが、ノリの台詞になると心配そうに又平を見る、その視線が情愛に溢れていて忘れ難い。

 ほか、全編に細やかな気が遣われている。例えば、土佐の苗字をあげるわけにはいかないと言う将監にすがる件では、三段を駆け登る足取りが、女形のそれなのだ。女形なのだから当然だ、とか、一刻を争う瞬間にそんなまだるっこしいことを、という意見もあろうけれど、この件で男の足取りで登る役者もいるのだし、ここまで女形の表現に徹してこそ石持ちに紫帽子という古風な衣装が映えるのだ。猿之助のおとくは万事がこのイキで、どこまでも女房役に徹しているのである。

 また、おとくの心が又平と共にあるのが分かるのもいい。聴かせどころの「手も二本、指も十本」の台詞だが、「手も二本」の後、嗚咽し、「指も十本ありながら」でまた嗚咽して、かなり長く間をとって、「何故吃りには」と続く。この嗚咽と間が見事だった。どちらも歌舞伎の常套的な表現から抜け出て、心情から発した表現になっていて、「私も一緒に死にまする」に自然に繋がった(この台詞、他のおとくよりも比較的アッサリ言っているが、それでも情が出るのは丁寧な演技の積み重ね故だろう)。

 絵が抜け出たのに気付く件も、驚いて、体勢を立て直して、息を吸って、目を閉じて、心の準備をしてからまた見て、膝を擦って又平の元へ。この一連の流れが丁寧で、信じられないという思いが身体全体から伝わる。猿之助の当たり役として真っ先に挙げたいものとなった。

 市蔵の将監は出の瞬間の貫禄には少々欠けるものの、「土佐の苗字を惜しむにあらず」や「大津絵描いて世を送れ」には厳しい言い回しの裏に情があるし、「こいつ師匠を困らせおるわい」の愁い、「今こそ授ける印可の巻、筆諸共に与うるぞや」の手強さなど、確かな上手さで難役を演じきった。

 鶴松の修理之助は柔らかさと若衆らしさがある。引っ込む直前、二重から三段を駆け降りて、平舞台で一瞬止まり、揚幕を見込んで走り出す。それがいかにも急いでいる感じがした。

 團子の雅楽之助は水浅葱の衣装が似合う色気があるのに驚いた。先月の駿河でも思ったが、声もよく、台詞もうまい。長い手足を持て余しているように見えるのは気になった。

 北の方は、別段仕所のない役だが、梅花のような古風な役者が出ると舞台が落ち着く。

 なお、冒頭の虎消しの演出がいつもと違う。虎が下手袖から走って現れるのも気になるし、修理之助が虎に向かうと全体的に照明が暗くなり、虎と修理之助の二人だけにスポットが当たるのと、煙と共に虎が消えるのも疑問。元より絵から動物が抜け出たり、手水鉢に描いた絵が抜けるような芝居である。こういう現代的な演出をすると、荒唐無稽な筋立てが途端に空々しくなる。又平の奇跡を観客に信じさせるなら、もっと単純素朴な演出の方がいい。

 

 第一部は『弥生の花浅草祭』。武内宿禰、悪玉、国侍、獅子の精を愛之助が、神功皇后、善玉、通人、獅子の精を松也が踊り分けた。

 第二部の『心中月夜星野屋』は落語を歌舞伎化した新作で、東京では2年ぶり2度目の上演。おたかの七之助がしたたかな女性を好演。星野屋照蔵の中車も芝居のうまさが光った。母お熊の猿弥もハマり役。和泉屋藤助の片岡亀蔵も確かな腕を見せた。

 第四部は『日本振袖始』。所見日は玉三郎休演につき、素戔嗚尊の予定だった菊之助が岩永姫(実は八岐大蛇)、素戔嗚尊には又替えで今月一座していない彦三郎が代役した。菊之助の岩永姫は、美しさの中に悪を覗かせるのがうまい。後シテも力強く見せた。彦三郎の素戔嗚尊はスッキリした風姿と、美声で神話のヒーローを描いた。梅枝の稲田姫は美しいのが何より。

十一月歌舞伎座

 十一月の歌舞伎座。三部の『一條大蔵譚』が忘れられない舞台だった。白鸚の大蔵卿は1972年12月帝劇で初演し、去年(2019年1月)、47年ぶりに二度目を手掛け、今回が三度目となる。『檜垣』がなく、『奥殿』から始まるのは時節柄仕方ないが、去年の所演で既に見事だった白鸚の大蔵卿が、今回はさらに磨きがかかっている。

 第一声の「やあれ方々驚くな」は凛として、最後まで上がっていく名調子。「誅伐なるわ」でグッと声が力強くなるのが怒りの表現であると同時に名調子をさらに際立たせる。

 白鸚の大蔵卿は、要所要所でまろやかな公卿の阿呆ぶりをみせるものの、その双面演出の面白さより、質実に人間・大蔵卿を描くことに重きを置く。例えば「若年よりの作り阿呆」では阿呆の声の中にフッと愁いを出し、〽︎世をへつらわぬわがまま暮らし」では人生を振り返るようにジッと目を閉じる。そこで印象的だったのは、白鸚の横顔に宿る無垢な輝きである。その頬のラインには初役当時の写真と変わらぬシャープさがにじみ、目には不屈の闘志が溢れている。阿呆として世を忍んでいる間にも、決して腐らず意志も曲げず、ジッと時節到来を待つ大蔵卿とは、なるほど、これくらいしっかりと自己を持っている人なのかもしれないと思った。また、大蔵卿の芯を貫くその一徹さは、襲名後、長らく手掛けていなかった役々(この大蔵卿をはじめとし、五斗兵衛、盛綱、又平)を掘り起こし、今の目と芸で見つめ直したり、初役(中止になってしまったが平作)にも挑戦するなど、アディショナルタイムという言葉では語り尽くせぬ程、一途に役者道を極めんとする白鸚自身と通じるところがあるのだろう、役と役者が二重写しとなって、そこはかとないリアリティを伴っていた。

 もう一つ白鸚の大蔵卿で深い感銘を受けたのは、源氏の累葉を強く感じたことだった。源氏との心理的な距離が近いと言ってもいい。六条判官為義の死を語る「己が智謀にくらまされ」では声に悔しさが溢れ、源氏の負け戦を語る〽︎源氏の勇士は皆散り散り」では同胞を思う本物の涙を流し(前回はここで顔を隠さなかったが、今回は扇で顔を隠す)、「無念であろう、道理道理」では源氏の当事者ならでは出せぬ魂の嘆きを響き渡らせ、鬼次郎に清盛殺害を示唆する件では、目に殺気が宿っている。

 その上で公卿の気品と武士の威厳が同居する「ぶっかえり」である。この大見得はどこまでも質実剛健、芸の大きさを堪能させるのに加え、内面の表現の色も濃い。白鸚の大蔵卿の造形を象徴する見得である。

 一方、この大蔵卿は非常に豊かな感情を抱えた人でもある。「言うて帰らぬ死出の旅」で鳴瀬にかける心からの憐憫の情、「ときめく平家の無理わがまま」にこもる万感の思いと、それからやや間をおいて(この間の良さが無類)、パッと阿呆になって「よけて通す結構者」と言う件の哀感、「ただ楽しみは狂言舞い」の肺腑をえぐる声と揚幕を見る視線の無常感、鬼次郎の「御剣再び」以下の仕所へ送る、頼もしい若侍が現れたことを喜ぶ暖かな目線―。胸を打たれたものは枚挙に遑がない。そのいずれもが初代吉右衞門にルーツを持つセンシティブな情味であり、白鸚の芸を以ってのみ生まれる、人間・大蔵卿の彫りの深い表現であった。

 魁春の常盤は台詞が一本調子なせいでせっかくの気品が活きずに勿体ない。

 芝翫の鬼次郎は線が太く、一本気な若侍という感じがいい。今まで常に付き纏っていた手応えの軽さがなくなり、熱演が空回りしていない。こうなると顔の立派さ、柄の良さが生き、次世代の時代物シテ方として期待が持てる。

 壱太郎のお京は「おっしゃんな、常盤様」の「様」、「つきませぬか」の「せぬか」、「そなたは何とも無いかいな」の「かいな」など、語尾が世話になりがちなのが気になる。こういった些細なことから『奥殿』の荘重さ、義太夫狂言の格調が損なわれる。

 高麗蔵の鳴瀬には哀れがあり、錦吾の勘解由も厚手かつ安手な感触で、程がいい。

 

 第一部『蜘蛛の絲宿直噺』は猿之助の変化舞踊。女童熨斗美、小姓澤瀉、番新八重里、太鼓持彦平、傾城薄雲の五役だが、中でも傾城薄雲の美しさ、豊かな色気が目を引いた。源頼光は隼人。碓井貞光中村福之助、金時女房八重菊は笑三郎、貞光女房桐の谷は笑也、坂田金時は猿弥。

 笑三郎と笑也の腰元が、時節を当て込んだ台詞を言うのは面白かったが、髪を捌いたり袖を脱いだりせずにツケと共に見得をするのは強い違和感を覚える。男性が女性役を演じるにあたり、先人たちはどうすれば舞台上で女性らしく見えるかに心血を注いできた。その結果、原則女形はツケと共に力強く見得をしない、というルールができた。ただし例外として、髪を捌いたり、片袖を脱ぐなどして、たおやかさや美しさから遠ざかっている場合にはその限りではない。お三輪や玉手御前などがその代表例である。そういう扮装上の変化が何もないまま女形がツケと共に見得をしては、いくら笑三郎と笑也が美しくとも、女形の虚構は吹き飛び、舞台上の男性二人が露わになる。新作やスーパー歌舞伎Ⅱではそれも新しい女形像かもしれないが、古典(擬古典含む)に持ち込んでくるのは抵抗がある。古典と新作の演出上の線引きが必要だ。

 

 第二部『身替座禅』、菊五郎の山蔭右京は絶品。柔らかさ、色気、滑稽さ、他の追随を許さない。左団次の玉の井も手に入ってる。太郎冠者は権十郎。侍女千枝は尾上右近、侍女小枝は米吉。

 

 第四部『四の切』は獅童の狐忠信。勘三郎が褒めたことや、最近なかなか見られない勘三郎の型(化かされ法師が出ない、最後に花道を引っ込む、など)で上演することなどを聞いて、楽しみにしていたが、正直ガッカリした。三代目時蔵の面影を伝える顔は古色豊かなものの、花道から本舞台までの歩き方からして、背中は隙だらけ、足取り、長袴の捌き方もおよそ歌舞伎役者とは思えない。〽︎黙して様子を」で刀の下緒を巻く件もいい仕所なのに全く緊張感がない。狐言葉にしても、伸ばし方、息の詰め方、抑揚、リズム、緩急などが、聴き慣れたものと全く別物。結果、哀れがでない。〽︎真っ向立割車切」からの竹本に乗っての仕科にしても、獅童一人なだけに、芯がぶれ、振りに追われていることばかり目についてしまう。竹本にゆっくり語ってもらうか、もっと稽古をするか、してほしい。勘三郎が褒めたのはハートがあるということだったようだが、29歳だった当時はそれでよくとも、48歳となった今、ハートがあるから技術はなくとも可とは言い難い。技術ばかり目立ってハートが無いのも考えものだが、少なくとももう少し技術あってのハートではないか。

 染五郎義経は、気品があるのが現在の美点。

 莟玉の静御前は可愛いが、もう少し色気が欲しい。それと台詞に義太夫訛りがないのも義太夫狂言の気分を削いでいる。

 亀井は國矢。駿河は團子。